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2005年 10月 17日
ついに本帰国しました。やっぱいいですねー!!メシはうまいし、東京の街はエネルギーに溢れているし、女性は美人が多いし(笑)!これからどんどんネットワークが広がっていくことを楽しみにしています。
やや帰国ボケという感じです。日本は街並みはそれほど変わっていないものの、ソフト面で流行や政治・経済・ビジネス環境など色々なところで少しづつ変化していますね。小泉フィーバーやほりえもん、村上ファンドなど当然新聞などでは見ていましたが、やはり肌感覚が欠けていた気がします。 さて、帰国してからしばらく色々な人に会ったり、何社かの事業会社の経営陣とお会いしたりしましたが、正直な感想としては日本はまだめちゃくちゃ遅れています。欧米の経営活動のスピードが新幹線レベルだとすると、日本は時速10kmぐらいに感じます。ほとんど止まってます…。経営スタイルも未だに時代遅れの旧来のやり方にしがみついている会社もたくさんありますし、かたや必死に欧米スタイルを取り入れようとして形だけは整えたけど中身が伴っていなかったり。IRや執行役員制度、経営計画の立て方、事業評価方法など色々な新しい経営システムが90年代に日本企業でも導入されましたが、欧米の企業に比べるとそうした仕組みを日本企業はまだまだ使えこなせていないなというのが実感です。私のようなバンカーがやってきて従来の経営の延長線上にない飛躍的成長と利益の改善を実現するようなM&Aのお手伝いをする前に、本業のファンダメンタルズを自助努力でもっと改善することは可能なはずです(経営コンサルの方ももっと頑張ってください!(笑))。例えば日本と同様に人件費が高く、かつ労働組合が強力なドイツなどを見ても、同じ業種で比較するとほぼ全ての業種においてトップグループの企業の営業利益率は日本企業と10%以上差があります。明らかに本来きちんと経営していればできることができていない。なぜこういう違いがあるのかな?と考えていたのですが、どうも経営陣の経営に対する執着や熱意が日本企業には感じられない。一円でも多く稼いで、搾り取るように利益率を常にちょっとでも改善し、ちょっとでも売り上げを増やすよう努力する、そうしたことができてない。そんな基本的なところに根本的原因があるのかもしれません。サラリーマン経営陣のインセンティブスキームの構築に社会制度的にも完全に失敗している、そんな気がして仕方がありません。 逆に言うと、日本はまだまだ問題が多いからやりがいもあるということでもあると個人的には楽観的に見ています。未来は明るいはずだ、変化の兆しはあるのだから、変われるはずだと。バンカーとしても変化のお手伝いをできる貴重な時期かもしれません。 今週からボストンのキャリアフォーラムに行ってきます。所詮日本の外資投資銀行業界は狭いので、そこで働いている人に魅力を感じるかが重要だと思います。少しでも私と一緒に働いてみたいと思う方がいれば是非声をかけてください。ハードな仕事かもしれませんが、一緒に働くことになれば私が知っている全てを教え込んでさし上げます(笑)。 また、日本に戻ってきて書きづらいことも増えてくると思うのでそろそろこのブログは閉鎖しようかなーなどとも考えています。また、続けるにしてもまず名称は変えたほうがいいですね。いいアイデアがあれば教えてください。さらにせっかく東京に戻ってきたので是非私に会いたい・飯でもおごってやりたいなんて方からのご連絡お待ちしてます。 人気blogランキングへ 2005年 08月 18日
多くの人に衆議院解散に関するエントリを読んでいただいてありがとうございます。多少なりとも考える材料を提供できていれば幸いです。1000IPアドレス以上のアクセスが出ていて驚きましたが、まずブログがそれだけ普及しているということに驚いたのと、選挙に対する関心が今までになく高まっているということに感心しました。また同時に政治と宗教の話はブログに書くには難しいトピックだということも分かりました。500IP以上アクセスがくるとややアンコントローラブルになりますね。通りすがりの人も増えますし、2チャンネラーみたいなのも入ってくるしと。
少し政治と経済のかかわりについて今回改めて考えさせられました。特には経済問題に対してベストなソリューションとなる経済政策を考えるということと、政治的にどのような経済政策が国会を通りやすいかを考えることとの両方を考えることの難しさですね。政治の議論はどうしても、つまるところあの人はリーダーシップがある、彼は口だけだ、といったレベルに陥りがちです。確かに政治の世界ではそれも非情に重要になるのだが、単純に誰かの首を挿げ替えれば大丈夫、といった議論の仕方ではなく、中身の議論がもっとされることが望ましいですね。 日本でも、欧米でも、学者が経済政策のフレームワークを考え、官僚が間に入ってどの法律のどの条文を変えるのか、あるいは新法のドラフティングを手助けし、政治家が国民を説得し国会で通すという分業がなんとなく成り立っているのかなと思います。ただ政治的に受け入れやすい、あるいは通しやすい政策を考え始めると、本来ベストなソリューションでは常になくなるというジレンマにどうしても陥りますが、よって現実的にはセカンドベストなソリューションは何かを考えざるを得ない。小泉自民党派、自民党反対派、民主党それぞれの支持者も、そもそも政治家が出してくる政策はセカンドベストなものになっているのでお互いの政策をベストではないと批判するのは容易ですがそれでは建設的な議論はできない。また経済のファンダメンタルズの見方の違いによってはベストな政策に関する考え方自体も変わってくる。国民全ての絶大なる支持を受けている政党がいれば別ですが、それは現実的には難しいし、そうなることも望ましくないので、それぞれ異なるしがらみや考え方を元に、前提とする見方は何で、自分達のしがらみを踏まえた現実的な経済政策はこうだというものをそれぞれが出せるようにならないとよりよい政治にはならないのではないでしょうか。そのためには人物像だけでなく、掲げている政策の中身も評価できるようにしないといけない。政治家の質はまさに国民の質を現している。日本の政治が弱く、あるいは国際的に見て日本はだらしないと思うのならば、それは日本人がそうだということです。日本のためにも政治に無関心になってはいけないし、経済問題や難しい話も残念ながら(?)日本のためには国民自らが理解してレベルを高めていかないといけないのでしょう。 人気blogランキングへ 2005年 08月 09日
非常に残念な結果になった。亀井静香氏など国民の聞きたいことしか言わない無責任な発言を繰り返す政治家が支持される世の中にさすがに頭にきた。政策はマジックじゃないんだから、何かを達成しようとしたらコストもかかるしいいところ取りはできないんだ。一般人で今回の事件の意味をきちんと把握できている人があまりに少ないのでここで整理しておこうと思う。
緊急号外として書き下ろしてみました。長いですが是非多くの人に読んでいただければと思います。 産業として成立していない日本の銀行業: 全国銀行全ての償却前業務損益合計から不良債権償却費合計を引いた業務損益を見ると、過去10年以上にわたり(厳密には1993年より)、毎年平均3兆円以上のマイナスになる。このことは毎年3兆円も政府によるミルク補給が無いと銀行業界は産業として成り立ってきていないことを意味している。全国銀行全ての総資産合計は約800兆円。一方郵政公社の郵便貯金の総資産は約300兆円。銀行業界のマーケットシェアチャートを作るとしたらマーケットシェア約30%を保有する一大銀行が郵政公社ということになる。資産規模ではシティバンクなどを抜いて断トツ世界一の銀行だ。日本の銀行業界は最大銀行である郵政公社が国の優遇を受けており(具体的には法人税、固定資産税、事業税等が免除されていると共に、預金保険機構への保険料を払ってなくても預金は国によって完全保証されている)、民間銀行は不利な条件の中競争しているわけである。 それでも日本経済が高成長を続けていた90年ごろまでは良かったが、ゼロ%成長に突入した90年代問題が表面化し、残りの民間銀行部門も毎年3兆円もの政府からのミルク補給を受ける産業に陥ってしまったわけである。要は郵政公社も補助金漬け、民間銀行部門も補助金漬けで銀行業界全体としてロスメイキングに10年以上なっているのが日本の銀行業界だ。 不良債権問題: バブル崩壊後の銀行の不良債権の増加の原因は、単純に言うと民間企業の返済能力の低下である。これは以前ブログでも触れたとおり、バブル崩壊後、前提となる経済成長率が一気になくなってしまったために、80年代の高い負債比率をサポートできる将来キャッシュフローが無くなり、返済スケジュールが成り立たなくなったわけである。企業が返済できなくなった借入金は、銀行側の不良債権増加につながった。しかも想定していた将来キャッシュフローというのが、企業の事業から出てくるキャッシュフローではなく、不動産などの価値の上昇見込みだったりしたことで、不動産価格の下落と共に自動的に貸出は不良債権化してしまった。 その後、銀行側も不動産価格に依存せず、企業の事業そのものからの将来キャッシュフローを審査して貸し出す体制に変え、銀行経営そして貸出の健全化を計ろうとした。これが俗に言う「貸し渋り」だ。本業が利益をきちんと上げておらず、貸しても10年以上返ってくる見込みの無い(通常欧米での銀行貸出の返済期限は5年)企業が日本に数多く存在したため、突然銀行に健全経営されたら倒産する企業が続出するということで、簡単に言うと銀行はそんな一気に健全化するな、という政治判断になった。これが構造改革の「ソフトランディング」である。ハードランディング派は、日本経済の素早い回復を唱え、中小企業が一度に倒産した場合に備え失業者の手当てを厚くしたり、政府援助などの組合せによるセイフティーネットの拡充と共に銀行の健全化(=貸し渋りの許容)を一気に進めようとしたが、政治の場で敗れた。 すぐに銀行が健全化できなければ当然銀行経営は悪化するわけだが、そのコストを政府が負担するという形で銀行に公的資金が注入される。ただ、確かに銀行が放漫経営に陥っていたのは確かで批判されるべき点が多かったためにマスコミ・政治家による銀行批判が行われた。議論の後、公的資金注入と共に健全化計画の提出が義務付けられた。この内容は銀行は収益を重視して経営しなければならないが、同時に貸出目標設定(=設定された金額を達成するには業績が悪い会社にも融資しなければいけなくなった)されるという相反する目標を課せられた。新生銀行やあおぞら銀行が自行の収益改善を重視しすぎたために(採算の取れない・悪い企業への貸出を極力避けた)健全化計画で設定された貸出目標額を達成できず行政指導が何度も行われたのを覚えている人もいることだろう。 つまり、公的資金の注入で結果として何が行われたかというと、銀行を通じた企業部門に対する補助金だ。実質的には国民に金をばら撒いたのと同じだが、そんなことは現代社会では実現できないので、資金の配分経路を変えたということだ。ついでに補足しておくと2000年前後以降の不良債権はバブル期の遺産ではなく、その後新しく発生した不良債権だ。それは銀行セクターが低収益産業に陥っているという結果でもある。 政府の借金の拡大と無責任な政治家: 90年代後半から銀行部門に対する公的資金と共に大型景気回復減税など様々な財政大盤振る舞いが行われた。当時の議論では将来経済が回復してきた段階で増税することが合意されたが、いったん政府が国債をたくさん刷って借金を増やして金を捻出した後、どうやって政府の借金を返すかは議論の対象から外れていく。無責任な政治家は、貸渋り反対、銀行に公的資金注入したことを口実に銀行経営大批判、大型減税賛成だけを掲げ、当初合意していたような増税は絶対反対、最近ではそれに加えて銀行部門の最も重要な問題であった郵政民営化大反対、そう言っているわけである。財政悪化が激しいことが年金制度の維持すら難しくしてきており、様々なところに影響が伝播している。一連の構造改革のソフトランディングのために費やされた政府支出は結果として銀行部門の不良債権の政府への付替えと政府の借金の拡大につながった。要はこした無責任な政治家は国民の耳に響きが良いことしか賛成しておらず、増税や郵政民営化といった本来銀行部門の健全化、日本経済の持続的成長にとってはペアで考えなければならないが国民に負担を強いることについては無視しているわけである。 責任感のある政治家は当然に国民の負担を強いる事柄についてもきちんと実行しようとしているが、無責任な政治家は意図的に無視しているのか、それともそもそも全く無知なのか大反対一筋である。経済回復にマジックは無いわけで、経済政策は薬と同じで、良薬ほど苦いけれどもより効果があるものなのに、薬の苦味は嫌だけれど効用だけ実現しましょう、と無責任な発言をしているに過ぎない。その急先鋒が亀井静香氏のような政治家だ。「断固反対」「無理に通すなら受けて立つ」といった威勢の良い大衆受けする発言だけが目立つ。そして彼らが主張するような世界が実現できると信じ込んでいる大衆の無知も見ていて悲しくなってくる。 今の日本で政治家として当選したいなら、無責任な発言をしていれば当選するだろう。国民に負担を強いる話は一切無視して、耳に心地よい主張だけしていればいい。減税支持、消費税増税反対、郵政民営化反対などなど。そんなことばかり言っている政治家は本当に聞いていてあきれてくる。日本のことを本当に考えていて責任ある発言をする政治家が割を食う世の中になってしまっている。 今回の郵政民営化法案の意義: 実際問題としては、今回議案に上がっていた郵政民営化法案はどちらかというと三事業の区分を明確にするというレベルのものであって本格的な民営化からは程遠かった。本来最もインパクトがある郵政改革は、郵便局が集めた貯金の運用方針を郵政公社が独自に決めて運用できるようにすることだが、今回の民営化法案はそこまで踏み込んでいない。結局は貯金の運用先が国債や財投にほぼ限定されるという現状から変化はない。あくまで政府のお財布として使われるという点には代わりが無かった。 そうしたところで、今回の一連の郵政民営化のポイントは、ちょっとでも郵政民営化の改革を進める気がある、つまりは日本の金融部門そして引いては企業と金融の健全な関係の確立と日本経済の再生を進める気がある政治家が誰で、利権と票集めにしか頭が回っていない無責任な政治家が誰かを見極める踏み絵になったと個人的には見ている。ただ、残念ながらこの一連の金融問題に関するマスコミ、大衆の理解があまりに浅かったためと、無責任な政治家がはびこっていたために、国会できちんと議論などしているといつまで経っても実現できないという雰囲気になってしまい、今回の意味づけがきちんと理解できないままに、単純に小泉vs反小泉と図式だけがクローズアップされてしまった。 最終的に完全な郵政民営化が実現されないと、冒頭で触れた日本の銀行業界が抱える構造的問題は解決されないし、ミルク補給を毎年受ける構図も直らないし、政府の財政の健全化も実現できない。これは日本経済の根本的な構造改革・持続的な経済成長が実現できないことを意味する。 本来本当に採算が取れない過疎地へのサービスなどが重要なら、その採算が取れないけれど社会的に必要な事業と、儲かる本業に分けて、採算が取れない部分については、これは社会的に必要だから政府が補助を出すと明確にした方が望ましい。あるいは単純に雇用維持の問題であれば、郵政民営化というのは政府の決定であり、日本全体の厚生の増大に寄与する政策で、これによって犠牲になった失業する人がいるならば、退役軍人のように一生政府が面倒見ます、ということで構造改革のコストとして明確にすればいいのだ。こんなことが理由で郵政民営化反対なんてのは認められない。 郵政民営化の次のターゲット: 金融再生のための郵政公社の次のターゲットは農林中央金庫を頂点とする全国農業林業金融組織の改革だ。これも郵政と同じようにいわゆる農協業務、保険業務、銀行業務の3事業を行っている。ディスクローズはされていないが農協業務と保険業務は赤字で銀行業務でカバーしていると言われている。住専問題などで最もアグレッシブだった農林中金は、大手銀行各行が母体行責任として損失負担をさせられたのに対し、簿価での返済を確保した。当然に政治的配慮が働いたわけだが、他の2事業が赤字なために銀行業で一発逆転ギャンブル的な行動を取ろうとする誘因が常に存在する組織としてのインセンティブスキームを持っている。 ただ、これも郵政と同じく自民党一部政治家の大票田となっている日本経済の最も暗い部分にメスを入れる話となる。農林水産大臣の島村氏が反対表明したのも、自身の基盤が郵政族と同じ類のものだと感じていたためと思われる。日本のこうした経済改革が遅々として進まないのは、有権者の一票の格差が大きく、田舎の人の1票は東京の人の3・4票に相当するということで、日本国の国益が歪められて形成されることに根本的原因がある。 衆院総選挙に向けて: 小泉首相には是非勝って欲しい、というのが率直な気持ちである。郵政族・農水族と正面から戦って生き残った政治家はこれまでいないし、小泉首相の断固たるリーダーシップは確かに頼もしい。強引な面は否めないが、しかし責任ある政策を実行しようとしているその志は近年稀だ。しかも、今日本経済はちょうど景気回復局面にあり(構造的問題は解決していないが、小幅の景気変動は繰り返しておりその中での景気回復局面)、この機会を逃すとまた今後数年は改革の話すらできなくなってしまうということになりかねない。郵政民営化もそうだし、これまでにつぎ込んだ公的資金の増税による回収といった苦渋を強いられる政策にしても実行する機会を失う。こうした政治家として嘘や夢物語を語らない、現実的な苦渋を伴う政策を主張し実行するというのは、残念ながら選挙では受けが悪い。もしこれで小泉首相が負けることがあれば、常に私が危惧している、日本は何も改革ができずこのままじわじわ弱体化し続け、それでも基礎体力があるから当分の間危機には達さず、大国の終焉を今後20年間見続けることになるということが実際になってしまうかもしれない。このブログを読んだ方々には少なくとも甘い話しかない政策というのは存在しないんだということを頭に入れて選挙に望んで欲しい。 人気blogランキングへ 2005年 06月 27日
敵対的買収防衛策などコーポレートガバナンスの議論がここのところ活発になっている。以前のブログでも触れたが、経営陣の身を守るための制度、経営陣の独断での経営を更に許す制度作りという間違った方向に進んでしまわないか非常に危惧している。おそらく多くの人々の意見は、株主からの規律付けがより効果的になされ、悪い経営がされている会社が敵対的買収にあったりすることについては総論として賛成。ただし、そもそも突然そうしたことが実現できる社会になっても、これまでそうしたことを想定して、株主価値至上主義で会社は経営されてきていないし、引いては寄らば大樹の陰で生きてきた人々のキャリア設計からみてもそうした変化に対応できる制度になっていない。それゆえ実際問題としては準備ができていないためにすぐには受け入れがたいというところだろう。
このコーポレートガバナンスの議論も根本的には日本型経営システムの崩壊というところに帰着する。多くの人々が未だ特殊日本的な「日本型経営」というものが欧米の経営システムに対するalternativeとなる優れた経営システムとして存在し続け得ると考えている。欧米システムとは違う日本型経営システムによって日本は高度経済成長を成し遂げたし、欧米システムに比べ従業員モラルも高く、会社への忠誠心も保てる非常に優れたシステムは今も生き続けるのだと。残念ながら、そう信じたい人々が多くいるのは分かるが、日本型経営システムが成り立つ前提条件は全て崩れつつあると言わざるを得ない。 日本型経営が成り立つための最も重要な前提条件は高い成長率である。70-80年代の年10%近いGDP成長では最もよく機能した。しかしながら、90年代以降に我々が経験している変化は単純な不景気という以上にゼロ%近傍の成長率に合わせるための経済システム・経営システムの再構築と考えられる。年功序列・終身雇用は、当然に組織が拡大し続ける限り常にピラミッド型の組織人員構成を保つことができ、従業員を首にしなくても新たな事業展開と共にポストが増加したりするし、確定給付型年金制度なども組織の拡大と共に若者も増えていくということで維持可能であった。 経営システムの再構築が行われているのは、90年代、ほぼ全ての日本企業が負債削減しつづけたことからも明らかである。世界的に見ても、そして歴史的に見ても、これほど広範囲にほぼ全ての企業が負債削減を財務戦略の第一目標に掲げ続けたのは日本ぐらいである。前提となる成長率が一気になくなってしまったために、80年代の高い負債比率(レバレッジ)をサポートできる将来キャッシュフローが無くなり、返済スケジュールが成り立たなくなったと共に、銀行側のリスク許容度が絶対値で見ると一気に下がってしまったわけである。これはある意味銀行の収益源の縮小、及びこれまで貸していた会社は財務予想地の見直しをする羽目になり、将来成長率を下げた分サポートできなくなった部分の負債は自動的に不良債権ということになり、銀行側の不良債権増加につながった。引いては、そもそもきちんとキャッシュフローベースで銀行は貸出審査をしておらず、バブル期に不動産銀行化していたことで、根本的な審査能力の欠如は更にこの悪化を増幅させた。 コーポレートガバナンスの観点からは、日本型経営システムは、近年の経済学者が語るところの「関係依存型ガバナンス」による成長追求スタイルであり、その対極となる「ルールベース・ガバナンス」とは異なる。戦後間もなきころには政府が集中的に特定産業(実質的には特定大企業)のサポートを行い、その後は政府の後押しをベースに企業集団及び銀行が債権者兼株主として密接に特定企業の成長をサポートした。高い成長率が持続する中では、多少株主の経営の規律付けが制度的に優れておらずとも、企業は成長し、価値を創出続けるので誰も問題視しなかった。むしろ株主総会での不必要なノイズを排除するために株式持合いは非常に効率的に機能したし、銀行との密接な関係はモニタリングコストの削減と成長のための機動的な資金調達を可能にした。 ゼロ%成長下の企業経営は、コーポレートガバナンスの重要性の高まりと直結する。要は経済学用語でいう「予算のソフト化(soft budgeting)」ならぬ「経営のソフト化」の弊害が顕在化してしまうためにそれを防ぐルール化が急務となっているわけである。言い換えると、経営の規律付けが資本市場によって担保されなくとも、成長が持続する限りにおいて規律付け自体の欠如は問題とならないわけだが、成長がなくなれば規律付けされないことによる非効率経営が顕在化しかつ深刻な影響を与えるようになってしまうわけである。更には、これまで効率的に機能した企業集団やメインバンク制度がむしろ非効率な企業慣行に陥り、それはこうした周りを取り囲む企業・銀行の経営改善コストの痛み分けという形でコストにも跳ね返ってきている。 日本企業が直面する問題は、構造変化の過程にあることから来る問題ということで、ある意味現在GMやFordが直面している問題に似ている。GM、Fordの一番の問題は日本の自動車メーカーに対してコスト競争力が無いことだとされるが、その原因の一端は退職者の年金問題と健康保険問題である。アメリカの大企業の慣行としてGM、Fordが行ってきたのは退職者に対する手厚い保護。確定給付型の年金と生涯無料で医者にかかれるという健康保険だ。日本でもここまでやる企業は無いが、これは米政府の健康保険などの制度手当てが薄いことに起因する。退職者に対するこうした手厚い保護が、コスト高という形で現在の収益の圧迫と競争力の喪失という形で影響しており、事業を縮小することで更にその影響が増してしまうという悪循環に陥っている。一方日系メーカーの北米工場は従業員の平均勤務年数が若く退職者に対するコストが大きな足かせとなっていない。GM、Fordの場合も事業が順調に推移するならばこうした過保護な経営システムも維持可能だっただろうが、クリーンで何らしがらみのない日系メーカーが進出してきたことで、維持できなくなってしまった。過去の経営システムのツケが回って現在変化のために苦しんでいるという点で日系企業の現状と重なるところが多いように思う。 日本型経営システムやコーポレートガバナンスに関する議論は、まずいち早く「日本型経営システム」が存在し続けるという夢想を諦め、現実的に対応を考えることが望まれる。また同時に「日本型経営システム」の対極として「欧米型経営システム」が存在するという幻想も捨てるべきである。経営システムの議論は日本型か欧米型かということでは議論できないので。いわゆる終身雇用・年功序列・メインバンクシステムなどで成り立つ「日本型経営システム」は存在し続けられないが、現在の日本の状況に適した段階的な解決策というのがありうるはずである。これは敵対的買収にどう対応するのかということだけでなく、根本的に企業経営をどうするのか・誰のために経営したいのか(敵対的買収を完全に避けたいなら上場していなければいいわけだし、本当に上場を維持すべきかも含めて再検討)、従業員のキャリアプランはどうあるべきか、銀行そして資本市場との関係は資金調達にあたってどう考えるべきか、色々と考えなければならないことは多い。また、銀行業界の抱える構造的問題、労働の流動性確保・失業者のセイフティーネット、漸進的既存の日本型ビジネス慣行の解消を支える制度作りなど政府のサポートが必要なことも多い。 #ブログとして書くには明らかに難しすぎますが、そのうち論文の形でこれまでの学者の論文のサーベイと共に私の考えをまとめる予定です。 < 前のページ次のページ >
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